ヤクシカ肉食うべし!

猟師の話

創刊号「シカ肉食うべし!」 牧瀬一郎

Source: 屋久島ヒトメクリ

今年の正月、静岡から真言密教のお坊さんがシカ狩りに来た。わが家で年越しをして、4日間の狩猟三昧だ。大晦日の夜、焼酎を飲み交わし、狩りの話と遠隔加持力の話で盛り上がった。「僧侶が殺生をするのですか?」とたずねると、「山の恵みをありがたく頂くのです」との答え、納得した。そして、関口宏が司会をつとめるテレビ番組で、遠隔加持力を使い、水のクラスターを分解してみせた話をしてくれた。まず、わが奥様に焼酎のお湯割りを同じ分量で2つ作ってもらう。一方のグラスを台所に隠して、目の前のグラスに3分ほど呪文を唱えた。2つの焼酎を飲み比べたら、まったく違う焼酎になっていて、呪文を唱えた焼酎は、まろやかという表現がぴったりな飲み口だった。また、体の調子が良いときは、5キロ先のシカの足音が聞こえることがあるそうだ。明日からのシカ狩りが楽しみだ。元旦は小雨が降った。上屋久猟友会の仲間も、たまには元旦を家族と過ごすということで、2人猟になった。ポンカン園のビニールハウスからヒヨドリ撃ちをしようと親戚のポンカン園に行くと、2頭のシカが草を食んでいた。小雨も上がり、薄曇りの雲の間から射す日の光が芝生に反射し、水をはじき、水玉のつぶを散りばめたシカの毛皮を輝かせ、美しく光っていた。シカにきづかれないようにそ〜っとシカ弾を装填した瞬間、こちらに長い首を持ち上げてピッと警戒の鳴きを発して走り出した。シカ防護ネットを飛びこえる瞬間、シカ一頭分の狙い越しを取って引鉄を引いた。シカは、倒れていた。いつもすることだが、山んさ〜(山の神様)にお礼と、獲物に敬意と成仏の念をこめて、合掌。逃げたもう一頭のシカをお坊さんに狩ってもらいたくて、大急ぎで屋久島犬のヤックをつれてきた。シカのにおいに乗せたらすぐ追跡して、お坊さんの前に追い込んできた。10メートル前まで来て、直角に方向転換して逃げていった。お坊さん曰く、「屋久島犬も速いがヤクシカも速い。それに直角にターンして行くし、こんな雑木林の中では、チラチラしてシカが見えない。我々には撃てませ〜ん。静岡のシカは、草原の中をまっすぐにしか走りませ〜ん」5キロ先の足音が聞こえても、50メートル先の足音は聞こえないらしい。雨上がりで、森が乾燥していないからしかたないか。でも、私には聞こえた。捕獲したシカを小屋に運び、解体して、山ん神さ〜にお神酒を捧げ安全祈願をし、今年の初猟を祝い、シカ肉の炭火焼とレバーの刺身、そして焼酎。宴のはじまりだ。お坊さんは、これで充分満足ですと言った。でも、せっかく静岡からシカ狩りに来たのだから、明日は撃てますようにと酌もすすみ、アルコールメーターもかなり上がった。2日目、猟友会のメンバー11名が永田に集まり、新年の挨拶もそこそこに作戦会議をした。お坊さんを一番待ちに案内してくれたメンバーに感謝。猟犬を掛けると、すぐ犬の追い啼きがはじまった。犬の声は、お坊さんの待ちに向かっている。2発の銃声がした。「ダメでした。ごめんなさい」との、お坊さんからの無線連絡。「チャンスはまだあるから、ジッとしといて」と指示。犬の追い啼きは、谷に下りて仙人小屋を3回まわり、一番待ち撃ちに上がった。またもや2発の銃声がして、犬の追い啼きが止んだ。「一頭、しました」と、お坊さんからの無線連絡。「仙心さん、おめでとう」私からの祝福の無線送信。それにしても、一度撃ちそこねたシカが仙人小屋を3回まわって戻ってくるとは…それも2頭。しかもお坊さんの名前は「和田仙心」、ゴロがよかった。これも、遠隔加持力のなせる技だろうか。仙心和尚が、たくさんのシカ肉のお土産を持って帰ったのは言うまでもない。また、和尚は「屋久島に惚れちゃいました。解禁日には、また屋久島に来させてください」と言ってくれた。屋久島をこよなく愛する原住民の私に、これ以上のうれしい言葉はない。狩猟を通じて良い出会いがたくさんあった。仙心和尚との出会いもそのひとつで、人の生き方について勉強になっている。感謝、感謝。夏のシカは、脂肪がのってとても美味い。ただし、暑さのせいで肉がすぐ傷んでしまうので、すばやく血抜きをして内臓を取り出し、冷却しなければならない。鮮度の良い肉を生産するのは、首折れサバより難しい。沢水に浸けたシカを、汗だくになりながら担ぎだして家に持って帰るのは、おいしいと言って食べてくれる人がいるからだ。わが家では、子どもたちの夏休みの間、ご近所さそい合って3日に一回はシカ肉のバーベキューをする。シカ肉の脂肪は牛肉とくらべて半分以下、鉄分は7倍以上というデータがある。まさに、女性にはうってつけの食品というわけだ。食品衛生管理の法律上、保健所のお墨付きシカ解体処理設備のない屋久島においては、ヤクシカ肉の一般流通ができないのは、誠に残念である。先日、ヤクシカのセーム皮を試作するために、奈良県の業者にシカ皮を15枚送った。本土のシカより小型のヤクシカは、セーム皮に加工した場合、人工のセーム皮スーパークロスより粒子が細かく、カメラレンズも磨けるほどの高級クロスができる可能性が高いらしい。12月に試作品ができあがるのが楽しみだ。有害獣として農家から嫌われているシカを、屋久島の資源として見直される日も近いかも?それには、若い狩人の育成が必要不可欠だ。